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仙台高等裁判所 昭和41年(行ス)1号 決定

抗告人(申立人) 相沢市郎

相手方(被申立人) 亘理名取共立衛生処理組合管理者

主文

原決定を取消す。

相手方が昭和四〇年一二月二一日亘名共衛第三三六号をもつて抗告人に対して行つたし尿取扱業及びし尿処理場使用許可取消処分の効力は、右処分に対する本案訴訟(仙台地方裁判所昭和四一年(行ウ)第二号)の判決の確定するまでこれを停止する。

手続費用は第一、第二審とも相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

原審に提出された硫明資料のほかに、新に当審において提出せられた甲第八、第九号証をも綜合して判断すれば、本件の許可取消処分は、正しく抗告人に対して、回復の困難な損害を生ぜしめたものということができる。よつて、本件抗告は理由があるので、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条に従つて主文のとおり決定する。

(裁判官 新妻太郎 須藤貢 小木曽競)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

相手方が昭和四〇年一二月二一日亘名共衛第三三六号をもつて抗告人に対して行なつたし尿取扱業及びし尿処理場使用許可取消処分の効力は右処分に対する本案判決が確定するまでこれを停止する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定

抗告人は相手方に対し相手方が昭和四〇年一二月二一日亘名共衛第三三六号をもつて抗告人に対して行なつた、し尿取扱業及びし尿処理場使用許可取消処分が無効であることの確認を求めて仙台地裁に行政訴訟を提起し、同時に本案判決に致るまで右処分の効力を停止する旨の執行停止を求めたところ、原決定はこれを却下した。

その理由とするところは、まず行政事件訴訟法第二五条第二項本文の「回復の困難な損害」とは社会通念上原状回復不能ないしは金銭賠償不能の損害と解釈し、更に本件の場合抗告人の生活の困窮については抗告人の兄からの借金により生活を維持していけるという判断から、次に抗告人の営業設備等の借財については、多額の損害をうけるが、それらは未だ「回復の困難な損害」とはいえない、というのである。

二、原決定の不当性

しかしながら原決定には次のような不当性がある。

(一) 行政事件訴訟法第二五条第二項本文解釈について、大きな誤まりがある。

そもそも行政処分について不停止の原則(第二五条第一項)をおくことは必ずしも論理必然性をもつものではなく、国民の基本的人権を擁護する観点に立てば権力優位の極めて封建的な色彩の強い規定といわなければならない。(その批判について、高根義三郎判事「行政訴訟の研究」九八頁以下参照)

従つて、行政事件訴訟法第二五条第二項によつて執行停止が認容されるための要件は、このような基本的人権擁護の観点から狭くしぼつて解釈されるべきである。

もしも執行停止によつて行政がまひするという反論があるとすればそれは同法第二五条第三項後段でチエツクすることを忘れているといわねばならない。

重大かつ明白な瑕疵があることが客観的に明白であるにもかかわらず、それでもなおかつ行政処分の故に国民の生活の犠牲を強いることをみとめるような解釈をすることは出来ないのである。

これを要するに同法第二五条第二項本文の解釈にあたつては単に形式的に処理することなく、当該行政処分の性格、その瑕疵の程度と、それによつて蒙る国民の損害を相対的に比較検討してきめられるべきである。

(二) ところで原決定は、右条項の解釈にあたりただ機械的に「回復の困難な損害」とは「社会通念上、原状回復不能ないしは金銭賠償不能の損害」と片附けて、執行停止制度の本質的部分についての考察を全く放棄している。

つまり当該行政処分の瑕疵とそれによる国民の不利益とのバランスを具体的に考えようとしていないのである。

もとより右条項の解釈にあたつて原決定のような解釈も存在するが、しかし旧法第一〇条について金銭賠償不能の損害だけに限定するのではなく可能な場合でも経済的にみて非常に困難なときは右規定に該当すると判断している判例もある。

例えば青森地裁は

「被申立人は法律にいわゆる『償うことのできない損害』とは金銭を以て補償することができないものは絶えて存しないから今所論のような理屈を正しいとすれば法律が折角一定の条件の下に行政処分の執行を停止することができる旨定めた規定が適用される事案は一も存せず折角違法な行政処分の執行により齎される厄禍を未然に防止するため設けられた斯法の精神に背戻するであろう。そこでここにいわゆる『金銭を以て補償することのできない損害』とは『社会通念上一般に通常人の通常の手段によつては到底回復至難の打撃』あるいは又『その回復は物理上必ずしも困難ではないが経済上異常の犠牲を払わなければ回復又は補償することができない損害』を意味するものと観ずるを相当とする。」(昭和二六年四月二六日決定、行裁集二、五、七四三)

又、東京高裁は

「『償うことのできない損害』とは原状回復不能の損害のみを指すものでなく、終局において金銭で償うことができるとしてもその著しく困難である場合は金銭賠償不能の損害ということができるのであつて、結局具体的の場合に応じ社会通念によつて決するの外ないものである」(昭和二八年七月一八日決定、行裁集四、七、一六二六)と判示しているのである。

これら一連の判例の考え方は原決定に比較して極めて具体的正義にかなつており、執行不停止の原則の反国民性をいささかでも柔げようとする努力のあらわれである。

(三) そこで本件の場合、右引出した一連の判例の立場に立つて検討してみよう。

まず本件取消処分の種類であるが、相手方が権力的作用の主体ではなく、その処分がさほど公定力を要求される性格のものではないのである。

営業取消処分の効力が停止されたとして行政上何らかの支障が生ずるわけでもない。

次に当該処分の瑕疵についてであるが、その根拠としている清掃法及び政令に全く違反する事実がない即ち清掃法違反で刑事上の処罰をうけたことがないことは極めて明々白々なのであつて、本案判決をまたずして当該処分が無効であることを断言して一向さしつかえないのである。

一方このように明々白々なる重大な瑕疵を帯びた当該処分により抗告人の蒙つた損害は原決定のいうように決して軽いものではない。

原決定は「理由二」前段においてほぼ抗告人の主張を全面的にみとめた。

しかしそれにもかかわらず、前記のように法第二五条二項の狭い解釈を行い、右抗告人主張事実の評価においてこれを却けたのである。

しかしながら原決定が最も力を入れ、抗告人の主張を却けた根拠として「・・・生活に困窮してはいるが、前記疎明資料によれば申立人らはこれまで実家の兄からの借金により生活を維持してきたもので今後とも実家からの援助により生活を保持していくことが可能で申立人としては前記保護を辞退する意向であることが明らかであり、・・・」という判断をしている。

しかしこれは明白な事実誤認である。

即ち、実家の兄「菊地直は、執行停止が早急に出るものと考え、それまで最小限の米、味噌等の生活の資を提供しようというに止まり本案判決確定まで援助をつづけることは土台無理な話なのである。又生活保護も営業再開が早いことを確信し、乏しい予算から支出させて他の受給希望者に迷惑をかけてはならないし、又生活保護をうけたことを理由に新たな口実で相手方が抗告人に不利益取扱い又はいやがらせをすることが考えられたので、これを辞退することとしたのである。

抗告人のこのような執行停止についての裁判所への信頼―つまり裁判所はこのような重大な明白な違法性をもつて営業取消処分から国民の人権を早急に救済してくれる―とそれに基く配慮が全く抗告人の生活を破壊する材料に原決定は使つたのである。正しく踏んだり蹴つたりという表現がぴつたりする。

原決定のこのような評価は国民の利益、生活というものを具体的にみない極めて権力的なものといわなければならない。

抗告人の生活は正しく崩壊寸前であり後に損害賠償をうけてもとうてい回復出来ないのである。

次に原決定は抗告人が営業再開のため準備が無駄になりかつこれまでの一五〇万円の借財の支払等、多額の損害を蒙ることをみとめながらこのことが原状回復不能ないし金銭賠償不能の損害でないとして抗告人の主張を却けている。

しかし、これ又、血も涙もないみかたである。

抗告人のように何の資産もないバツクもない一市民が、営業をストツプされ借財が数百万円も残つたらどうして再興を期すことが出来ようか。もしもその方法があるならば具体的に教えてもらいたいというのが抗告人の悲痛なさけびである。

相手方は疎甲第七号証の業者組合長の上申書にもあるように、不正行為を行い許可業者の利益を侵害して来た富樫に新たに許可を与えた。

全く考えられないことを行なつたのである。利権のにおいさえ感じられる。

このまま経過すれば抗告人はいつまでも許可はうけられないであろう。

これが回復しがたい損害でなくて何であろうか。

後で損害賠償をうけても―うけること自体訴訟提起等抗告人にとつて極めて困難となろう―もはや生活は破壊され、破産状態に追い込まれてしまつてからではどうしようもない。

これを要するにいかなる点より考えても本件は「回復の困難な損害をさけるため緊急の必要があるとき」に充分該当する。

三、以上の理由により原決定は極めて不当であるから行政事件訴訟法第二五条第六項に基きその取消を求めて本申立に及んだ次第である。

原審決定の主文および理由

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申立人代理人は、「被申立人が、昭和四〇年一二月二一日、亘名共衛第三三六号をもつて、申立人に対して行なつた、し尿取扱業およびし尿処理場使用許可取消処分の効力は、右処分に対する本案判決が確定するまで、これを停止する。」旨の裁判を求め、その理由は次のとおりである。

(一) 申立人は、被申立人より、昭和四〇年五月一一日亘理名取共立衛生処理組合し尿処理条例第八条に基き、同日から昭和四一年三月三一日まで、し尿取扱業およびし尿処理場使用についての許可処分を受け、右業務に従事してきたものである。

(二) ところが、被申立人は、昭和四〇年一二月二一日、申立人に対し、申立人がこれまで清掃法違反で起訴されたり、刑罰を科せられたりしたことがないにも拘らず、同月二日施行の政令第三六四号「清掃法施行令の一部を改正する政令」第二条の二第二号に基き、申立の趣旨記載の指定業者を取消す旨の行政処分をしたが、該処分は無効であるので、申立人は昭和四一年一月二五日仙台地方裁判所に対し、被申立人を被告として右行政処分無効確認請求訴訟を提起した。

(三) しかるに、申立人は右の本案判決の確定を待つていたのでは、その間、右処分の執行により全く生計の途を閉ざされ、回復することのできない損害を蒙ることが明らかであり、他方、右許可処分の期限である昭和四一年三月三一日が迫つているので、その前に右取消処分の効力を停止させ、新たな許可を受けられる実績をつくる緊急の必要があるので、右処分の効力の停止を求めるため、本申立に及んだ次第である。

二、当裁判所の判断は、次のとおりである。

申立人主張のような本案訴訟が、当裁判所に提起されたことは当裁判所に顕著であり、被申立人が申立人に対し、申立人主張のような行政処分(以下本件処分と略称する。)をしたことは、申立人提出の疎明資料によつて明らかである。

そこで、申立人が、本件処分の執行により「回復の困難な損害」を蒙つたかどうかにつき判断する。申立人提出の疎明資料によると申立人は、昭和四〇年五月一一日、被申立人より同日から昭和四一年三月三一日まで、し尿取扱業およびし尿処理場使用についての許可処分を受け、以来、バキユームカー二台を購入して、右業務に従事してきたものであるところ、この間、月平均約二〇万円の収益をあげ、このうち、いすず自動車に対しバキユームカーの購入代金(修理代を含む)として月三万円、さきに一〇〇万円の融資を受けた七十七銀行に対し、その返済金として月二万五千円、運転手二名および助手一名に対し給料として月七万二千円、ガソリン代として月二万八千円を支出し、これらとその他の諸雑費を引くと、生活費に充てられるのは、月約四万五千円となり、これで申立人ら親子三人の生計を維持してきたものであるが、本件処分により、右業務による収入の途を絶たれたため(なお、申立人は本件処分前の昭和四〇年一〇月二日被申立人から前記し尿処理条例第二〇条に基き、同月三日から同年一二月三一日までの三ケ月間、前記業務を禁止する旨の行政処分を受けていたもので本件処分は、右禁止期間中になされたものである。)、その生活は相当窮迫していることを看取するに難くない。すなわち、(一)右業務禁止の行政処分を受けたのち、申立人ら親子三人の生活は、次第に苦しくなり、ために申立人は同年一二月七日宮城県仙台福祉事務所長に対し、生活保護法による保護申請をなし、本件処分後である昭和四一年一月七日、同所長から保護決定を受け、それ以来、申立人らは、生活保護を受けている有様であり、他方申立人の妻は、無職であるうえ、盲腸ゆちやくのため現に通院加療しているが、国民健康保険による五割の保険給付しかえられず、月五千円の医療費を支払つていること。(二)これに加え、申立人はさきに営業のために購入したバキユームカー二台の代金の残額支払いなどにつき、現在約一五〇万円ほどの借財を負担している状態であり、他面、前記業務禁止期間の解ける同年一月からの業務の再開を予想し、運転手ら四名と雇傭契約を結び、バキユームカーを整備していたところ、本件処分を受けたものであつて、もしこのままの状態で右業務の更新期である同年四月一日を経過してしまうと、これらの準備が無意味になるばかりでなく多額の損害を蒙ることが認められる。

しかしながら、行政事件訴訟法第二五条第二項本文にいわゆる「回復の困難な損害」とは、社会通念上、原状回復不能ないしは金銭賠償不能の損害と解すべきであるから、前記(二)の損害をもつて、同項本文の損害となしえないばかりか、右(一)についても、申立人ら親子三人は、生活に困窮してはいるが、前記疎明資料によれば、申立人らはこれまで実家の兄からの借金により生活を維持してきたもので、今後とも、実家からの援助により生活を保持していくことが可能で、申立人としては、前記生活保護を辞退する意向であることが明らかであり、これによれば、申立人らは、現段階においては、衣食につき差し迫つた窮乏状態にあるものとは認められず、これだけでは、未だ回復の困難な損害には該らないし、その他申立人が本件処分により回復の困難な損害を蒙るものと認めることができる疎明がない。

してみると、本件申立はその余の点につき判断するまでもなくすでに理由のないことが明らかであるから却下するものとし、申立費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(昭和四一年二月一五日仙台地方裁判所決定)

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